奇跡の四拍子が揃った松島温泉「乙女の湯」は隠れた名湯

松島温泉 乙女の湯
栃木県中部の現さくら市にあたる氏家・喜連川エリアは、なかなかの名湯が顔を揃える。その中のひとつが松島温泉「乙女の湯」。アトピーに効くと言われ、温泉の効能を求めて訪れる客も少なくない。

もちろん通常の入浴目的で、あるいは温泉ファンの目線で楽しむために、やって来る客もたくさんいる。自分も当湯を楽しみたくて那須遠征の帰りに立ち寄ってみた。

ぬるい・泡付き・ヌルヌル・微タマゴ臭の四拍子揃った大変結構なお点前じゃないですか。これは好きになる人が多いだろう。よくぞこんな好特徴ばかり併せ持ったもんだ。

松島温泉「乙女の湯」へのアクセス

鉄道派には厳しいロケーション

松島温泉・乙女の湯の最寄り駅はJR東北本線(宇都宮線)の蒲須坂。しかし最寄りと呼んでよいのかどうか…。駅から当湯までは4キロ以上離れており、両者を結ぶ送迎バスや路線バスの類は運行されていない。タクシーは呼べば来るだろうけど駅前には待機していない。基本的に小一時間かけて歩くしかない。

自分は前泊地の那須湯本温泉・中藤屋旅館をチェックアウトした後、路線バスで黒磯駅へ出て、宇都宮線に乗ること30分で蒲須坂に着いた。
蒲須坂駅
天候は薄曇り。直射日光を浴びることなく降雨もない、長い時間歩くにはベストなコンディションで助かったぜ。時おりスマホの地図アプリで場所を確認しつつ乙女の湯を目指した。概ね、北東方向にそびえ立つゴミ処理場の煙突を目標にすれば間違いない。

試練続きの行程

自発的に歩くことを選んだとはいえ、楽な距離ではない。しかも前日から靴ずれを起こしたかかとが擦りむけて痛んできていた。自分がもし少年漫画の登場人物だったら「クッ…こんな時に!」とか「俺のことは構うな、早く行け!」とかの台詞が飛び出しているところだ。

そんな妄想を抱きながら田畑が広がる風景の中をひたすら歩く。他の通行人の姿はほとんどない。
乙女の湯までの道中の景色
途中で印象に残った場所といえば、国道4号をまたぐ「農作業車優先」の標識が立つ急勾配の陸橋(?)と焼肉のたれ工場かな。やがて荒川という川を渡った先に乙女の湯の案内板が現れた。いよいよラストスパートだ。
乙女の湯の案内板
だがラスト1kmの直線道路が精神的に堪える。進んでも進んでも着かねー。向こうにゴールが見えているだけに、かえって果てしなく感じられた。ようやく現地へたどり着くまで、足にトラブルを抱えながらも休憩なしの早歩きで、蒲須坂駅からたっぷり45分かかった。


諸属性が揃いすぎてスゴい乙女の湯

新しめのきれいな館内

苦労した分、せいぜい楽しませてもらうとしよう。入場。受付で820円と下足箱の鍵を預けて脱衣所ロッカーの鍵を受け取る。館内はきれいで新しい。

鄙び系、失礼な物言いをすれば「お湯は極上、施設はぼろい」系を想像していたら、とんでもない。ハード面もすこぶる良好。松島パイセン、イカすぜ。小さいお子様でも安心して連れて来ることができますな。

男湯の脱衣所へ行き、もらった鍵の番号に対応するロッカーを使う。目についた分析書をチェックすると「アルカリ性単純温泉、アルカリ性、低張性、温泉」とあった。この字面から素朴に思い浮かべるお湯じゃなかったけどね。

カランのお湯も源泉ヌルヌル

期待を込めて浴室へ。中も相応の新しさ。洗い場は十分な人数分が用意されているが、シャワー付きのカランは6台だった。シャワーがないやつもあるのよ。洗い場に置かれているアメニティは全身シャンプーなる1種類のみ。洗顔・洗髪・体洗いとマルチで使えるように作られているそうだ。

そしてなんとカランから出てくるお湯も源泉使用。ヌルヌルする泉質なので、すすぎの際にシャンプーを流せているのかどうか、よくわからなくなってくる。また、レバーを押すと一定時間お湯が出てくるんだけど、その時間がかなり短い。もうちょっと長くてもいいような。

内湯に流れる複雑なハーモニー

さてまずは内湯から入ってみるとしよう。6~8名規模の浴槽にクリアな薄緑色の源泉がかけ流しされている。加水・循環・消毒なし。冬季のみ加温。お湯の表面には時おり、煮物に生じる灰汁に似た感じの白い泡の膜が広がっていることがあった。もちろん自然に発生した泡だ。

窓から差し込む光と視線方向との関係で、湯面にギラギラした虹色の油膜が見えることもあった。単純温泉にしてはえらく複雑な様相を呈しているな。

浸かってみるとお湯はぬるめ。40℃をわずかに切るくらいと思われ、ずっと入っていることができる。やはりヌルヌル感が強く出ており、いかにも肌のトラブルをケアしてくれそう。

うれしい特徴がてんこ盛り

さらに泡付きがいい。肌がお湯になじんでくると細かい泡がブワーッと付着してくるのだ。おおすごいぞこれは。さらにダメ押しのタマゴ臭。強さはさほどでもないが、お湯の匂いを嗅いでみるとはっきり意識される程度にはある。前日の那須湯本が硫化水素の腐卵臭だとするなら、こちらは出来たてのゆで卵。

なんだか出てしまうのがもったいないような気分になって、ずいぶん長いこと浸かっていた。やはりこれほどの名湯を人々が放っておくはずもなく、芋洗いの湯船とか洗い場難民の発生まではないにしても、若者からお年寄りからお子様連れのお父さんまで、多くの客の姿が見られた。

瞑想の世界に浸りたくなる露天風呂

当館には露天風呂もある。行ってみると10名規模の岩風呂の中に3~4名ほどの先客が浸かっていた。露天風呂の半分以上が屋根に覆われていて、周囲は塀によって目隠しされている。

自分も湯船に入っていくと、おお、内湯よりもさらにぬるい。体温と同じとは言わぬが38℃くらいじゃないだろうか。長湯確定。

当然ながら他の客もすぐに出ていくことはなく、同じような顔ぶれのままずっとご一緒することになった。ご歓談するグループもいるけどお湯の中で一人じっと瞑想している風の人もいる。ぬる湯によくある光景だ。

湯口からは源泉が容赦なく投入される一方、岩風呂の一端からは結構な勢いであふれ出ていた。相当短いスパンで浴槽内のお湯が入れ替わっていってるものと想像される。これを贅沢と言わずしてなんと言おうか。


口コミ高評価はダテじゃない

好みの特徴が揃った温泉にゆっくり浸かって大満足。露天風呂の後は再度内湯で仕上げの長湯。心残りのないところまで楽しんでから出た。いやあ、ここはいいね。各所で口コミ評価が高いわけがわかった。

本館のすぐそばには、乙女の湯を日帰り施設でなく温泉宿たらしめる、宿泊棟がある。ネット情報では泊まる部屋に備え付けの風呂にも温泉を使用しているらしい。徹底してるなあ。湯量が豊富だからできるんだろうね。
乙女の湯 宿泊棟
さて帰るか。いかな名湯といえども、かかとの靴ずれをその場で完治してくれるわけじゃない。若干足を引きずるようにして45分先の蒲須坂駅へ戻っていった。

靴ずれを抜きにしても、このエリアの温泉めぐりは車持ちの独壇場だ。もし車があれば、1年前に訪れた喜連川早乙女温泉と今回の乙女の湯をはしごするという、夢のコラボが実現する。正反対といえるほど全く異なる特徴を持つ2つの良泉をめぐって、かなり幸せになれるだろう。