硫黄とアブラ、最凶コンビが放つ無敵の香り - 喜連川早乙女温泉

喜連川早乙女温泉
日帰り温泉・喜連川早乙女(そうとめ)といえば、泣く子も黙るアブラの聖地。関東最凶とも目される強烈な個性が多くのファンを魅了してやまない。

とはいえ世間一般の知名度はそれほど高いわけではない。自分も温泉に興味を持っていろいろ情報を仕入れるようになるまで知らなかった。だが一度その存在を知ってしまうと…口コミや評判を見れば見るほど…興味が湧いて「行きたい」という願望を抑えられなくなったのである。そして早春の週末、ついに訪問を決断した。

関東日帰り圏内だし、コアなファンが多そうだし、週末は特に混むんだろうなあ。でも週末しか動けないしなあ。でも芋洗いだとなあ、悩ましいなあ、うーーん。なんてのは杞憂で、実際はそれなりに余裕を持って楽しむことができた。

喜連川早乙女温泉へのアクセス

喜連川早乙女温泉の最寄り駅はJR宇都宮線(東北本線)・氏家。宇都宮から下り方向に3駅目だ。東京からだと普通列車で2時間くらい。新幹線を使うほど懐に余裕はないから早起きして頑張って乗り通した。

問題は駅を出てからだ。駅から現地まで5キロほど離れている。路線バスがあるにはあるが、便数は少なく、谷中入口または松山東バス停で降りてから10分以上歩かなくてはならない。

施設の無料送迎バスに乗っかるのが最善かもしれない。ただし、氏家駅9時55分発と早乙女温泉14時25分発の1往復のみ。今回は行きだけ送迎バスの世話になった。

「週末は混む→送迎バスに客殺到→積み残されて詰む」という連想による恐怖が少なからずあったが、実際のところ超余裕だった。駅のロータリーで待つハイエースに乗り込んだ客は自分を入れて若干名のみ。まずは第1関門突破だ。


評判通り、最凶の凄みがにじむ温泉

入口からすでに匂う

憧れの早乙女温泉へ到着。入口の戸を開けて館内へ入ると、いきなり「ん?!」と注意を引かれる独特の匂いが漂ってきた。おお、これはもしや、アブラ臭ってやつじゃないのか。入口付近でこれじゃ、浴室内は相当なもんだぞ。

受付で1050円を支払うと目の前にすぐ男湯・女湯ののれん。左手が休憩所で右手には無料のロッカーがある。貴重品を入れる程度の小さいロッカーもあるし、ちょっとしたリュックくらいは入る大きめのロッカーもあった。

大ロッカーに荷物を預けて脱衣所へ。早い時間帯だからか、まだ人は多くない様子。よっしゃ、ええでええで。あたりを見回すと、壁に張り紙が多い。どこに注目してよいのやら。かえって読んでもらえないような気がしないでもない。

緊張の入場

さあ浴室へゴー。このとき2つの意味で緊張していた。関東最凶の呼び声も高い「強烈なお湯」をいよいよ体験するぞというワクワク感込みの緊張がひとつ。

もうひとつは、聖地ゆえアクの強い常連が目を光らせていて、あれこれと「ご指導ご鞭撻」を賜るんじゃないかという勝手な妄想。デフォルメするとこんな感じだ。

「おい、なんだアイツは、見かけねえツラだな」
「…へへ、新入りに違いありませんや」
「ちっ、この温泉の価値もわからねぇド素人か」
「ここの掟を叩き込んでやらなきゃな」
「おう、ヨソ者が一体誰に断って俺らの神聖な湯に入ろうってんだ?」
「素人はおうちに帰ってシャワーでも浴びてな」
「ぎゃははははは」

西部劇の酒場かよ。…でも安心してください、現実はわりと普通で平和です。

強烈な硫黄+アブラ臭の洗礼

普通じゃないのはやっぱり匂いだ。ここのは硫黄+アブラと表現されることが多い。記憶と照合すると、国見温泉の“ウッとのけぞる”焦げタイヤ臭に近かった。

なんというか、ずっと嗅いでるとめまいがして倒れそうな、胸の奥で“気をつけろ”アラームが鳴り出すやつ。国見温泉では思わずのけぞったが、早乙女温泉はのけぞるギリギリ手前で踏みとどまっていた。うん、これはたしかに強烈至極。

落ち着いて観察すると、客の数は10名くらい。石造りの浴槽は余裕を持って入れるのが10名まで。詰めればその倍までいける。当時は常に7~8名が浴槽内にいた。洗い場のカランは10個あるけど、そのうち1つか2つは使えない状態だった。

なんと、カランの蛇口やシャワーからも温泉が出てくるではないか。匂いが匂いだけに、このお湯で頭を洗うのはやめておいた。あとは休憩ベンチがひとつ。浴室内の壁に分析書が掲示されており、「含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物泉、中性、高張性、高温泉」とあった。

意外にもソフトな源泉かけ流しの湯

いよいよ入湯。湯の色も匂いに劣らず印象深い。時間とコンディションによって変化するそうだが、このときは浴槽の底がギリギリ見えるくらいに濁った緑色。なかなかの美しさである。

匂いと見た目が派手なのに対し、熱すぎずぬるすぎず適温のお湯は意外なほどソフトな感触だった。なので短期決戦のような客は少なく、じっくりとつかっている者が多かった。

もちろん源泉かけ流しである。湯口からは結構な量が投入され、白い析出物がこびりついた浴槽の縁からお湯がダラーッとあふれ出し、浴室の床も析出物で白くなってしまっている。そのあふれた湯の通り道の床に寝転ぶ、いわゆるトド寝をする客もいた。

建屋も特徴的だ。古民家の骨組みだけを持ってきて、屋根と壁にパッチワークをあてたような雰囲気。まず屋根は半透明のトタンを並べた感。壁の下半分は古民家の木戸や窓枠をはめ込んだ感。上半分はぽっかり空いている。

ちょっと頼りない構造のようにも思えるが、おかげで換気性はよく、あのウッとなる匂いが充満しすぎてヤバイことになるのを防いでいる。

後を引く焦げ臭のパワー

いやあ、なるほどね、硫黄+アブラ+緑色。こいつは面白いし相当な効き目がありそうだ。と、適当なところで切り上げて出たのだが、なにしろシャワーから出てくるのも温泉。最後に体を軽く洗い流すことができない。

よって早乙女のパワーは後々まで尾を引く。体を拭いたタオルは脱衣所の水道ですすいだものの、焦げ臭さが強くこびりついてしまい、こりゃもう洗濯してもダメだなってことで、お役御免。鉛温泉で入手したタオル・藤三旅館号よ、今までありがとう、さらば。

身体そのものも時間が経つほどに焦げ臭くなっていった。服にも染み付いちゃってるかもね。その夜、清澄なお湯の風呂に入ったあたりで客観的には焦げ臭が取れたはずだけど、だんだん鼻がバカになってきて、今回の旅の間中ずっと焦げ臭いような錯覚に陥った。なんてパワーだ。


強烈な印象を残して

帰りは1時間歩く

風呂上がりに休憩所でちょっと一杯。人の姿はまばらで、ぼっちのおじさんも気兼ねなくすごせた。早い時間に来てよかったわー。いただいたビールとおつまみがこれです、と写真を示したいところだが、早乙女温泉は全館撮影禁止(というか携帯やカメラ全般の使用禁止)である。

さて十分に休んだし、出発。スケジュールの都合で帰りの送迎バスを待つ余裕はない。歩いて駅まで戻るのだ。歩き出してすぐのところに那須氏・喜連川塩谷氏と宇都宮軍の戦った古戦場があった。
喜連川早乙女温泉近くの古戦場
道中は田園風景の彼方に雪の残る山々を眺められた。下は日光の男体山・女峰山かな。
男体山・女峰山
やや北寄りに見えるのは高原山ですかね。ちょうどいい具合に晴れてくれた。
高原山
早乙女温泉から氏家駅まで、都会の通勤風景にみられる「さっさか歩き」でちょうど1時間くらいだった。

温泉界のラガヴーリン

ウイスキーの本場スコットランドに、独特の香りを特徴とするシングルモルトを生産するアイラ島という地域がある。入手が容易な有名銘柄といえばラフロイグ10年とかボウモア12年とか。そのほか必ずといってよいほど頭に「銘酒」という尊称が付くラガヴーリン16年がある。

近年のウイスキーブーム前&円高のおかげで買いやすかった頃にラガヴーリンを入手して飲んだことがあるが、すんごい匂いだった。ネットで「青虫の味」と書かれていたのを見たような…。青虫食べたことないけど納得の表現だった。しかしこれは褒め言葉である。だんだん青虫の中にも複雑に調和した妙味を感じるようになってきてクセになるのだ。今ではずいぶんお高くなって手が出なくなってしまい、全然飲んでいない。無念。

喜連川早乙女温泉のあの強烈な硫黄+アブラ臭は銘酒ラガヴーリンにたとえられるだろう。最初は主張の強さに引いてしまうが、クセになったら止まらない。

そんな銘湯なのに今回はちょっとせわしないことしちゃったなあ。もし次の機会があるなら、風呂→休憩→風呂→休憩、で2巡してゆっくり楽しむべきかもしれない。タオル1枚とオサラバする覚悟でね。