原点に返る旅:栃尾又温泉・宝巌堂でおこもりステイ

栃尾又温泉 宝巌堂
暴君のような熱暑が主役の座を降りて秋の気配がようやく感じられるようになった頃、ちょっとした休みを取得できた。当然温泉旅行に使うとして、アクティブに動き回ってもいいんだけど、たまには連泊してダラダラ過ごすだけの「おこもり」ってやつをやってみたい。

最適な心当たりがあった。過去4回訪れている栃尾又温泉・宝巌堂である。前年はコロナ騒動の余波で行けずじまいだったし、そろそろあのぬる湯やうまい食事と再会したい。

で、行ってみた結論としては、今回も大変満足した。サウナとは違う意味で「整う」って言葉がぴったりくる。おかげでいい充電になった。

すっかりおなじみとなった栃尾又温泉への道

小出駅でどう時間をつぶすか

温泉旅館としての基本的な情報は過去にさんざん書いたから、繰り返しとなる事項についてはさらっといきます。

今年は寄り道もせずに直行した。東京方面から最も早いチェックインに合わせると、上越新幹線とき309号に乗って浦佐に10時33分着。30分後の在来線に乗り換え、2駅目の小出で下車すると11時12分。小出駅発・栃尾又温泉行きのバスは12時20分なので1時間以上の待ちが発生する。

うーん、どうしよう。小出駅構内の施設はそんなに充実してない。暇を持て余してしまう。新幹線の中で駅弁食べたからお腹も空いてないし…とりあえず時間つぶしのため日帰り温泉「見晴らしの湯 こまみ」まで往復することにした。

実用上は何の意味もない。諸般の事情により首都圏から来た者は利用不可の措置が取られていたからである。本当に往復で時間をつぶすだけだ。幸いなことに天気は良かった。いつもは雨で迎えられる小出が晴れとは珍しい。まず小出公園を目指して高台へ登ると、児童向けの交通公園やスキー場があった。
小出公園のスキー場

こまみの湯は見るだけよ

さらに進むと山岡荘八文学碑があり、そこは魚野川や小出市街を見下ろす展望スポットになっている。アングルを変えれば越後三山もよく見えるはずだが、残念ながら当時は頂上付近が雲の中に隠れていた。
山岡荘八文学碑からの展望
自分以外に訪れる者のいない公園の中をひとり、熊注意の立て札にビビりつつ、いったん坂を下ってまた少し登ったところが見晴らしの湯こまみ。片道20分。おそらく先ほど見たような展望を楽しめる風呂なんじゃないかな。世の中が落ち着いたら入浴しに来たい。
見晴らしの湯こまみ
はい、では戻りましょう。往復で40分つぶせたぜ。あとはバスに乗って、葎沢・芋川・折立・大湯の各温泉地を経由して終点の栃尾又着が12時51分。もうチェックインOKの時間だ。左手の坂を上がりましょう。


さらに進化を遂げた部屋

自分だけのひみつ基地

外観も館内も前回訪問時と大きくは変わらない。2階の一番手前のスペースは雰囲気の良い読書・休憩コーナーになっていて缶ビールなどのちょっとしたお酒も置いてある(後精算)。
読書室
で、自分が泊まった部屋はいつものごとく3階のおひとりさま優先部屋。あれ?…なんか変わってる…すっかり立派になっちまって~と親戚の子を見るような目線のおじさん。
おひとりさま優先部屋
かつてのこたつ部屋から、あぐらをかかなくてすむスマートな部屋へ変貌を遂げていた。とくに右奥の低く腰掛ける椅子がやばい。人を堕落させる椅子と呼びたい。あれに座ると抜けられなくなるぞ。脇の小さいテーブルにスマホや本やビールを置いてまったりするのがたまらん。

かつてフォールアウト4というゲームに拠点作り(クラフト)という要素があったのを思い出す。少年のような心で自分だけのひみつ基地を作り上げるみたいなもんだ。機能的な部屋をデザインするだけじゃなく、好みのインテリアを配置してみたり、食べ物飲み物を置くこともできたと思う。で、ゲームの進行とは全く無関係に、拠点でただまったり過ごすのが意外と楽しいのだ。この部屋はそんなクラフト感を呼び起こす。

何もしない自由

新たに設置された小上がりスペースに布団が最初から敷いてあった。昼寝も自由自在。
おひとりさま優先部屋その2
狙っていたおこもり目的にはばっちりだ。この旅はとにかくリフレッシュしたかったため、次のように決めていた。
  • 2泊する間に宿から出ない。外出しない。
  • ひたすら風呂に入ってダラダラする。
  • 昼から飲んでもOK。
  • ネットへのアクセスはOK。ただし仕事関係の情報は追わない。
  • ビットコインの値動きは追わない。
拠点のような部屋で思い通りにリフレッシュできた。とても満足している。

温泉おじさんの自然観察日記

まだ書くことがあったわ。窓際のテーブル席に座ると外の景色が見える。3軒の温泉宿の他には緑しかない。これはこれでいい感じ。
窓の外の景色
ただし窓の外で虫がやけに飛び回るのである。とんぼかなと思ったら大きな蜂さんでした。すべての個体が“牙突を繰り出す斎藤一”というシャレにならない種族。どうやらすぐ近くに巣があるか、あるいは巣をクラフト中らしく、窓際に人がいると警戒して様子見に出てくるようだ。

開・即・斬されちゃうので窓は閉め切っておく。室内から時おり観察していると、飛び立った蜂の主な活動領域は建物の屋根~木の梢の高さに見えるから、地面を歩く人間と接触する事案が起きなさそうなのは幸いだ。朝から日没ギリギリまで飛び回る働き蜂は、餌を探しているのか、巣の素材を集めに行っているのか知らぬが、働き詰めの姿に勤め人の悲哀を感じなくもない。蜂には土日も有休もないしな。

ちなみに、それまでずっと秋シーズンに訪れていて蜂とニアミスしたことはない。今回は最も夏寄りの時期だったせいかな。季節によっては窓を開け放つ前に周辺の状況を確認した方がよいかも。


栃尾又温泉のお湯と雰囲気は健在だった

今年は泡付き強めだったおくの湯

お風呂は建物の外に、3軒の旅館が共同で利用する「うえの湯」「したの湯」「おくの湯」がある。着いた初日と最終日はおくの湯が男湯だった。泉質はいずれも「単純弱放射能温泉、弱アルカリ性、低張性、低温泉」。いわゆるラジウム泉のぬる湯ですな。

うむ、変わっていない。天井はいろいろ撤去されてすっきりした感がなくもない(自信なし)。3名分の洗い場、今の時代だと6名で満員感のメイン浴槽、3~4名いけるけど今の時代は両端に2名までの寝湯、2名サイズの熱い上がり湯。

メイン浴槽へ浸かってみた。うーん、相変わらず気持ちの良いぬる湯だ。しかも今年のお湯は元気がいいのか、泡付きが強めな気がする。湯船で1時間じっとしているのがデフォ。調子に乗ればもっと長くいける。

その間はひたすら黙ったまま動かない。座禅を組む修行僧のような気分だ。ついウトウト居眠りしちゃうこともある。他の客も同様で浴室内は異様にシーーーンとしている。絶対に飛沫が飛ばない、日本一安全な大浴場だといえよう。

体温と同じか少し低い温度でも季節的に体がゾクゾクすることはなく、熱い上がり湯は最後にさっと入るだけで十分だった。

だんだん味わいが出てきたうえの湯

中日はうえの湯としたの湯が男湯。うえの湯は3名分の洗い場、今の時代だと5名で満員感のメイン浴槽に両端2名までの寝湯、そして2名サイズの熱い上がり湯。

ここも以前と変わっていない。雰囲気は一番普通の公衆浴場ぽいから旅の特別感を求めると“おく”や“した”に軍配が上がる。でも何度か訪れるうちにだんだん気に入ってきた。客が集中する確率は他2つより低いので、なるべく混雑を避けたい人・マイペースを重視する人は狙ってみるとよい。

栃尾又温泉といえばしたの湯

したの湯が栃尾又温泉の顔となる浴場である。みんなここへ行きたがるといっても過言ではない。佐梨川河畔の源泉が湧出している直上に湯小屋を建てたそうだから、たどり着くには階段をひたすら下っていく必要がある。

ああ、ここも変わってないな。洗い場はないから必要な方はうえの湯へどうぞ。あとは今の時代だと6名で満員感のメイン浴槽に2名サイズの熱い上がり湯。最も湯治場風情を感じさせる、何ともいえない特別な雰囲気を持つ浴場だ。

朝昼夕晩いつ入っても満足できるが、自分が一番好きなのは連泊前提での朝9時過ぎ~昼前。チェックアウトする客と新たにチェックインする客の狭間で比較的空いており、独占できる時間も結構ある。世の中は活発に動き出しているのにここだけ時間が止まっているかのような気分が最も強いし、柔らかい陽光が浴室内に満ちて、むしろ早朝より清々しい。

そんなわけで今回も1時間~1時間半の入浴を何セットもやった。入りすぎて肌にかゆみが出てしまったくらい。保湿クリーム塗ってもどうせすぐまた入っちゃうしなあ。長湯とかゆみケアの兼ね合いが今後の課題である。


食事は安定の美味しさ

やっぱりお米大事

食事は通常プランだと1階の食事処になり、自分がいつも利用する湯治プラン(要2泊以上)は部屋食となる。窓際のテーブルで食べるわけだね。初日の夕食はこのような感じ。お供のお酒は地元以外はあまり流通しないという緑川。
宝巌堂の湯治プラン夕食 1泊目
温泉旅館によくある会席料理ではない。家庭料理に近いけど、それがいいのだ。何がどうとは表現できないんだけど、とにかくうまい。この歳になると野菜中心なのもいいですね。ちなみにお刺身は美雪ますというブランドのニジマス。帰りの越後湯沢駅構内の回転寿司屋さんのネタにもありました(「栃尾又でいっぱい食べたもんね~」と注文せず)。

量も多すぎずでちょうどいい。そしてご飯は魚沼コシヒカリだから間違いないうまさ。馬場さんのコシヒカリだって。柔らかめに炊いてあるからスッと入ってくる。

翌朝はこのような感じ。十分ですね。漬物の「まるっとナス」みたいなやつが気に入った。自分のふだんの食生活を考えれば、お米だけでもごちそうに等しい。馬場さんに感謝。
宝巌堂の湯治プラン朝食 1泊目明け

連泊でも新鮮味の薄れない献立

2日目の夕食はこんな感じ。お酒は八海山で知られる酒蔵の地域限定銘柄・魚沼で候。限定ものに弱いんで、いつも緑川や魚沼で候を選んでしまう。淡麗だ芳醇だ何だの評論はできないが個人の感想で食事に合うお酒だと思う。
宝巌堂の湯治プラン夕食 2泊目
お魚はブリの塩糀漬け。やはり野菜中心なのがうれしい。前夜に続いてゴーヤを使ったメニューがあった。肉を求める方にはチキンカツがあるから心配いらない。

3日目の朝食はこんな感じ。朝からメロンですいませんね。
宝巌堂の湯治プラン朝食 2泊目明け
つやつやしたお米もこれでしばらく見納めか…。明日から地元でまた安さ優先の米、あるいはパン食多めの生活に戻る。ステイホームの世になって以降、自炊しない派としては毎日の食事が質素化&ワンパターン化で雑になっちゃってるから、当宿のような料理はますます縁遠いものに、したがって価値あるものになっている。

 * * *

今回のおこもり作戦は大成功。いくらでも入れてしまう栃尾又温泉の魔力を再認識するとともに、温泉めぐりの趣味を始めた頃の「何もしない旅」の原点に返ることができた。

そもそも宝巌堂のコンセプトがおこもり旅にマッチしている。トホホな出来事が多すぎるこんな世の中じゃ今後も定期的にリフレッシュしたくなるだろうから、いずれまた同じ企てを検討するような気がしている。