珍しい墨の湯を擁する秘湯への再訪 - 塩原元湯温泉 大出館

塩原元湯温泉 大出館
かつて塩原元湯の大出館に日帰りで訪れたことがあった。旅情マシマシの白濁硫黄泉に加えて、墨の湯という本当に墨のように黒いぬる湯をとても気に入ったのだった。いずれまた体験してみたいものだと思っていたら、意外と早く再訪が実現した。しかも今度は泊まりで。

真夏の栃木旅行を企画したメンバー一同で2泊目の宿を検討していたところ、一部のメンバーは大出館で日帰り入浴したことがあったという(泊まりは元湯の別の旅館だったらしい)。その話の流れで「あそこならいいんじゃないの」ということになって、調べたら空室があったし、我々の予算感にも合っていた。はい決定。

結論としては真夏じゃない方が楽しめそうだが、基本的な湯質はとても良い。

塩原元湯温泉 大出館への道

板室地区で時間を稼ぐ

鉄道とバスだけで行くのは厳しいだろう。塩原温泉郷を貫く国道400号…ここまではバスも通る…を外れて5kmほど山の奥地へ向かわなければならないからだ。当館が応相談で送迎サービスしてくれるみたいだから相談してみては。

我ら一行は、あるメンバーの車で移動していたから融通は利く。むしろ問題は昼の過ごし方だ。1泊目の中塩原・赤沢温泉旅館をチェックアウトして、そのまま大出館へ直行すると20分あれば着いてしまう。10時チェックアウト~15時チェックインまでの5時間をどうにかして稼がないと…。

とくに決め手となるアイデアも出ないまま、とりあえず塩原地区を脱して近隣の板室地区を目指した。まず狙ったのが木の俣渓谷。しかし駐車場が満車&駐車待ちの大行列。だめだこりゃ。さらに奥地の深山ダムへ目標を切り替えた。こちらが深山ダムでございます。
深山ダム
塩原と同じくおそろしいほどのトンボ密度。そして放水路を覗き込むのはキリギリス。
深山ダムの放水路
ダム湖(深山湖)はこんな感じ。下界は地獄の熱射に焼かれる天気だったが、このあたりは山の天気というやつで、雲にすっぽり覆われて日が差さず、風は涼しげで過ごしやすい。
深山湖
ダムから1~2km奥には「森の発電おはなし館」がある。揚水発電を行っている発電所についての情報展示館だ。チャーリーとチョコレート工場を連想させる仕掛けあり。
森の発電おはなし館の展示物

那須湯本にも行ってみた

続いて板室温泉に入る案もあったけど、やっぱりやめて那須湯本まで行ってみることに。こちらも温泉入浴じゃなくて殺生石の見学が目的だ。個人的には3回目。
那須湯本の殺生石
ついでに(失礼)温泉神社にも参拝。
那須湯本の湯泉神社
それから那須高原ビジターセンターで小休止して、最後につつじ吊り橋へ。個人的には1年ちょっと前に来ていた観光スポット。という具合に周遊してたらちょうどいい時間になってきた。
つつじ吊り橋
塩原地区へ引き返し、上塩原で国道400号から元湯の看板が出ている道へ左折したら、5kmくらいの狭いくねくね山道を走る。対向車とすれ違う場面がわりと発生したことには注意。


塩原元湯の最奥に立つ旅館

うまく駐車スペースを見つけてください

大出館の駐車スペースは正直なところ、そんなに余裕がない。(1)旅館の真ん前に少々…だいたいいつも埋まってる、(2)坂の途中にも少々…ここならどうにか、でも残りわずか状態が多いしハンドルさばきが難しい、(3)坂の上の広めの平地…最後の砦。繁忙期で日帰り客の受け入れ時間帯だとあぶれそうで怖い。幸運を祈る。

我々はうまく(2)に入れることができて、では入館。フロント向かいにこのようなスペースあり。
フロント前のロビー的な空間
玄関やフロントのあるフロアは3階に相当し、広めのバルコニーが設けられている。
バルコニー
バルコニーから下を覗き込むと塩原元湯の他の旅館が見える。元泉館とゑびすやだ。どっちがどうってのはわかってないが。
バルコニーから下を見る

部屋にエアコンあって良かった〜

我々は2組に分かれ、それぞれ2階の8畳+広縁和室に収まることになった。部屋のつくりはどちらも一緒で布団は最初から敷いてあった。
大出館 8畳客室
トイレなし。2階の男子共同トイレは小×2とシャワーなし洋式個室×2の構成。洗面台は室内にある。金庫なし、冷蔵庫なし、WiFiの案内は見なかったなあ。普通のタオルはあるけどバスタオルはない。箱ティッシュもない。電化製品や金属製のものは硫黄系のガス成分ですぐにやられちゃうのと、昔ながらの湯治スタイルの雰囲気が残っているため、シンプルに割り切ったスペックなのだと思われる。そのへんにこだわらなければ居住性そのものに不都合なし。

先ほどバルコニーから見下ろしたような景色は部屋の窓からも見えた。
部屋の窓から見下ろした景色
当館を含めて3軒の旅館以外には何もない、いかにも秘湯らしい山の中。そういう環境だとエアコンがない宿もありがちだけど、ここにはちゃんとありました。そうじゃないと令和の夏は乗り切れない。


白濁湯が集まる御所の湯浴場

日によって色みが違うらしい

大出館にいくつかある大浴場はすべて1階に集まっている。つまりフロントからみて2フロア下だね。混浴用・女性用・貸切風呂などいろいろあって、いまだに全体像を把握できてないことを初めに告白したうえで、我々が利用したのは2箇所だ。

一番人気の風呂と思われる墨の湯は廊下のつきあたり。チェックイン直後に行ってみたらかなり混雑していたからパス(日帰り客も多かっただろう)。かわりに御所の湯なる暖簾がかかった浴場へ移動した。墨と御所は中でつながっているわけではなく別々の場所なので、両方に入るなら移動時に服を着なければならない。

3階エレベーター前や1階廊下に貼ってある分析書によれば、御所の湯の泉質は「含硫黄-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(硫化水素型)、中性、低張性、高温泉」とのこと。泉温51.1℃、PH6.6。もちろん100%源泉かけ流しでしょう。別名「五色の湯」とも称され、基本は白濁系でも日によって色みが違って見えるらしい。

内湯は激熱系だがぬるい時もある?

御所の湯は混浴。まあ実質は男湯でしょう。浴室にカランは3台。ボディソープのみが備え付けられている。内湯浴槽は平家かくれの湯という2名サイズと、暖簾と同じ名前=御所の湯という5名サイズの2つからなる。

平家かくれの湯は激熱で入れなかった。他に入る者もいなかったのだろう、湯の花がすっかり沈殿して半透明くらいの緑っぽい半濁り湯になっていた。翌朝はなんとか我慢できそうな熱さレベルになっており、誰かが入ってお湯がかき回されたようで、完全な濁り湯状態だった。自分は入らなかっだけど。

すぐ隣の御所の湯は入れるレベルで熱め。緑白濁のような色で浴槽の底はまったく見えない。夕方時点ではこちらもパス。ところが翌朝はぬるくなっており、ぬる湯として期待していた墨の湯よりもぬるかった。誰かが盛大に加水した?…そんなことが可能かなあ。あるいは源泉のコンディションでこんなにも変わるのかなあ。謎。

旅情が高まる露天風呂へ

露天エリアに出て石段をちょっと下ると岩の湯という露天風呂がある。やはり内湯と同じ緑がかった白濁の湯。夕方・朝ともにまあまあ入りやすい適温だった。匂いは硫黄系より金気臭が意識される。

そばには飲泉用の蛇口が設置されているものの、蛇口を多少ひねっても何も起きない。あまり意地になって強引にいじり倒して壊すとやばいからそっとしておいた。

あー、好みのぬる湯ではないけど秘湯の雰囲気&いかにもな白濁硫黄泉の趣きで旅情を盛り上げてくれますな。…と、じっくり楽しもうとしたら、すぐに奴らが襲いかかってきた。アブだ。顔の前でブンブンとうざいし、放っておくと噛まれそうだし、あーうぜえ。備え付けのハエたたきで何匹か始末するも、次から次へとキリがない。ついには根負けして撤退。あーちくしょー。


対照的な黒と白が並ぶ墨の湯浴場

他では見ないタイプの黒さを発揮する、珍しい墨の湯

いったん部屋に戻ってビールを飲んでゴロゴロしたりして、日帰り入浴タイムが終わった頃に墨の湯へ再チャレンジ。墨の湯の字面上の泉質は御所の湯と同じ。ただし鉄IIイオンとアルミニウムイオン含有量が0.0じゃない数字だった。硫黄と鉄が反応すると黒サビができるっていうからな、墨のような黒さはそのせいかもしれない。

墨の湯のある浴場も混浴で浴室内にカランは2台。鹿の湯という6名サイズと、浴場名と同じ墨の湯という8名サイズの2浴槽からなるが、自分を含めた7名全員が墨の湯に浸かっていた。どんだけ人気なんだ。

この日の墨の湯は思い出から期待していたほどにはぬるくなかった。ぬる湯と呼べるぎりぎりの上限くらいの温度。思い出だともっとヒヤッと感じるくらいのぬるさだったけどなー。温度については夜や翌朝も同じ感想。

墨の湯とはよく言ったもので、南関東で見かける「烏龍茶を濃くしたような」黒湯とは違う、まさに「硯ですった薄めの墨汁」に見える黒。他に例のない珍しい色みだと思う。湯の花は黒炭を粉々にしたような大きめの粒になって漂っている。匂いはやはり金気臭が前面に出ている。期待した冷涼感でなくても、ゆっくり浸かれるぬる湯には違いないからヨシ!

黒い湯のすぐ隣に白い湯が!

お隣の鹿の湯は御所の湯と同様の緑白濁だった。黒い湯と白い湯が隣り合って並んでいるというのもかなり珍しい光景ではないか。温度は熱め。たまに鹿の湯にちょっと浸かってから墨の湯に入り直すと、温度差で冷涼感が強まって幸福度が上がるので、うまく組み合わせで利用したい。

夕方は混んでいた反面、夜や朝は独占タイムがあるくらいに人が少なかった。なのでゆっくり楽しもうとしたら…またアブだ~!! 窓から入ってくるみたい。ふざくんな! アブないので30分~1時間級の長湯はできず短めで撤退せざるを得なかった。

なお、墨の湯は14時~15時と19時~20時30分が女性専用タイムになる。また女湯には高尾の湯という内湯と子宝の湯という露天風呂があるらしい。加えて藤の湯という貸切風呂は予約・追加料金不要で空いていれば自由に利用できるとのこと。


利用状況次第で部屋食にも大広間食にもなる

湯治素朴系と思わせて実は豪華な夕食

大出館に2名以下で泊まると部屋食になる。3名以上だと1階の食事処に案内される。我々は後者のパターンだった。夕食は18時・朝食は8時で固定。準備ができると部屋に内線電話がかかってくる。夕食のスターティングメンバーがこちら。
大出館の夕食
うおおーー。湯治風情なシンプル素朴系かと思えばとんでもない。豪勢じゃないですか。うなぎがあるし、鍋物の肉やけんちん汁の具の多さよ。食べ切れる気がしない。

しかしビールを飲みつつ、語りつつ、気がつけば1時間ほどで完食していた。なかなかうまかったこともあるし、駅伝や競馬において集団に食らいついてたら実力以上に好走できたパターンと一緒で、知らず知らずメンバーのペースに引っ張られていたのだろう。

最初からデザートが出されている通り、料理は一気出しだ。部屋食の客と同じ内容で対応していると思えば当然である。このへんは湯治系の宿に何度か泊まって慣れているので自分は気にしない。むしろ予想以上に豪勢な内容で、ありがた山にございます。

朝もなかなか侮れない内容

朝は内線のかわりに女将さんが2階の部屋食配膳ついでに直接部屋を訪れて知らせてくれた。こういう合理性は嫌いじゃない。場所は夕食時と同じ。そういえば食事場所は大広間を仕切って我々だけの個室状態を作ってくれていた。
大出館の朝食
日本の朝ごはんって感じでよろしおす。ふだんの生活だと夢のまた夢みたいな内容だ。いつも調理不要なもので手軽にすませちゃうからね。国民が米の高騰に憤ってる折、せっかくの機会にご飯をおかわりすべきなのかもしれないけど案の定、自分の胃の容量では叶わぬ夢であった。この省エネ体質が憎いぜ。

今日も厳しい暑さだから水は多めに飲んでおこう。食後に休憩をほとんど取らず速攻で墨の湯へ行ったら独占状態だった。やったぜ。…しかしアブに邪魔されて短時間で戻ることになったのは上に書いた通り。

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泊まりで再訪した大出館。お湯はさすがのクオリティ。墨の湯の人気もわかるし、他の白濁湯も普通なら主役を張れるレベルでしょう。ぬる湯に長く入ることを至上命題とする自分としては、温度面とアブ面で、真夏じゃない季節を選んだ方がいいのかなと思った。冬はあの道を自力で運転して来られる気が全然しないから、雪解け後の春の1ヶ月と初雪前の秋の1ヶ月が狙い目ですかね。