気まぐれ徒歩行 - 交通の難所・大崩海岸に挑む(静岡市~焼津市)

大崩海岸
寒さが堪える師走のある日、2017年最後となる温泉旅行のため静岡をひとりで訪れた。だが温泉宿でゆっくりする前にチャレンジしなければならないことがあった。静岡市と焼津市の境にある難所・大崩海岸沿いの道を歩くのである。

なぜそんなことをしなければならないのか? 答えは風に聞いてくれ。とにかくやるのだ。糸魚川静岡構造線が俺を待っている、などと意味不明な理屈を心の中で唱えつつ、現地へと向かった。

結論からいうと、人様におすすめできるかといえばできません。ただしそれは歩道が整備されておらず、行き交う車との兼ね合いで歩きにくいからであって、景色そのものは荒々しくダイナミックで迫力がある。車かバイク、せめて自転車で走る分には楽しめるだろう。安全運転でヨロシク。

廃道レポートに触発されて

実のところ、廃道探索サイトのこのレポートに触発されてしまったのである。
もともと温泉目当てで静岡へ行こうと考えたときに、上のレポートを思い出し、ネットでいろいろ調べるうちに行ってみたくなった。べつに廃道跡をトレースしなくてもいい。危険を冒すつもりはない。供用中の現道区間をただ歩いてみることができればそれでいい。

大崩海岸は海に向かって落ち込む山が急な崖を形成する険しい地形であり、また糸魚川静岡構造線の南端ともいわれ(南端の位置については他にも諸説あり)、落石や崖崩れがしばしば発生している。

ここに1本の車道が整備されているものの、大きな崖崩れによってしばしば道は寸断され、元通りの復旧をあきらめてルート変更工事を余儀なくされることも多かった。そのため廃道・廃トンネルがたくさん残っているわけだ。


海の上の橋を行く序盤

静岡市側・用宗駅からのスタート

そんなワイルドな道を歩くには少しでも身軽な方がいい。先にJR東海道線でゴール地点の焼津駅まで行き、コインロッカーに荷物を預けた後、今度は反対方向の電車で一つ隣の用宗駅へ戻ってきた。ここがスタート地点。
東海道線 用宗駅
線路沿いの道を焼津方向へ歩く。15分くらい普通の街並みが続いて、線路が石部トンネルへと消えていくあたりで海岸とご対面。大崩海岸の真のスタートはここからだ。

自然の厳しさを際立たせる石部海上橋

いきなりすごい光景が現れた。海の上を弓なりに橋がかかっている。現道の石部海上橋だ。一方、右手の山裾にへばりつくように残る旧道区間は崩れた土砂に埋もれていた。やっべー。
石部海上橋と旧道区間
海上橋から見た旧道区間。一部は完全に土砂の中に沈んだのか、それとも押し流されたのか、跡形もない。本来ならガードの役割を果たすはずの洞門が自然の圧力になすすべもなく敗北していた。やっべー。こりゃあきらめて海の上に橋を通すわな。
寸断された洞門
橋は歩道がないし路肩も狭くて歩きにくい。しかも海からの強い風にあおられる。車はそこそこ頻繁に通るし、細心の注意を払って歩かなければならなかった。

富士山を望む絶景スポット

橋の終点に数台分の小さな駐車スペースが設けられていた。ここからじっくり海岸線を見学できる。駐車場はほぼ埋まり、本格的な望遠レンズ付きカメラを構えた男たちが数名、ベストショットのタイミングを待っている様子だった。

橋の下へおりていく階段を見つけたので行ってみた。なかなか味のあるアングルの撮影スポットだ。もっとスカッと晴れていれば正面に富士山がくっきりと写ったんだけどね。この日はもやっとした影しか見えない。
石部海上橋の下から見る富士山の影

鉄道トンネル跡もある

橋の先はすぐトンネル。けど、ちょ、路肩すらないよ…。車が来ないうちにと小走りに通過したら疲れた…。

トンネルを出てまもなくの道外れに有志の立てた案内板があった。「旧石部隧道坑門跡」とある。廃線マニアの間ではよく知られた鉄道トンネル跡らしい。崖に付けられたちょっとデンジャラスな急坂を下っていくとたどり着けるようだ。せっかくだけど自分は行かない。安全運転でまいりまーす。
旧石部隧道坑門跡への案内板

難所続きの中盤

崖に立つカフェ「かいざん」

ここまで用宗駅から30分、そろそろ一発休憩を入れたい。そんな思いを見透かしたかのようにカフェ「かいざん」が現れた。
大崩海岸のカフェ「かいざん」
じゃあ入りますよっと…カランカラン…まだ他の客はいなかったので、本来ならグループ客が使うべきであろう、崖に張り出したオーシャンビュー区画のテーブルを陣取らせてもらった。先ほどの海上橋が見下ろせる特等席だ。
カフェ「かいざん」から見る石部海上橋
かいざんは穏やかな老マスターが迎える落ち着いた雰囲気の店。おすすめらしき1200円のランチセットを注文すると、やや長めの待ち時間の後、たっぷりのデミグラスソースの上にハンバーグや野菜を乗せた深皿がやってきた。こいつはなかなかのお味。

ほかにサラダ・ほうれん草ごま和え・ライス・味噌汁・シフォンケーキ・コーヒーか紅茶がつく。写真を撮りたかったけど、気がつけば客がどんどんやって来て近くの席が埋まり、なんか撮れる雰囲気じゃなくなってたので断念。小心者なんでね。

廃墟と謎の処理場

さあ腹一杯になったし徒歩行を続けよう。狭い路肩に身を寄せて進んでいく。全般に上り坂基調だし、急カーブが多くて見通しも悪いし、こりゃ大変だ。

おっと、廃墟を発見。塀の向こうはもう藪だらけ。こんなところにポツンと家を建てて住んでいたのか。近くに集落もなく交通の便を考えても住みやすくはなさそうだが。
道脇の廃墟
さらに処理場を発見。何の処理場だかを名乗らないあたりがイカす。かなり古びてはいるが雑草に覆われてもいないし、まだ現役なのか。部外者立入禁止の看板とともに誘い込むように大きく開いたゲート。ダチョウ倶楽部の押すなよ押すなよギャグを思い出す。つ、釣られないぞ。と先を急ぐ。
謎の処理場

歩行者涙目の小浜トンネル

それにしても道の海側はストンと落ち込んでいるし、山側もこれまたストンと切り立っている。山側は落石防止の金網がかけられているところが多い。よくぞこんな道を作ったもんだ。静岡市から焼津市へ入ると道はいっそう狭く急カーブ続きになった。
狭くてカーブの多い道
車と共存しながら歩くの無理っす、と弱気になったところへ現れた小浜トンネル。えー、完全に120%路肩がないんですけど。ここも車のいないうちに小走りで駆け抜けた。疲れた…。
小浜トンネル

崖崩れを意識する終盤

小浜集落とたけのこ岩

トンネルを抜けると崖下が少し開けて小規模な建物群が見えた。小浜集落だ。なぜだかちょっとホッとした気分になる。
大崩海岸 小浜集落
その小浜集落へ下る道の分岐の近くにまたしてもトンネル。たけのこ岩トンネルという名前だけはかわいい。今度は径も大きいし、人ひとり分の幅とはいえ歩道が付いていて安心した。
たけのこ岩トンネル
昔はトンネルでなく崖にへばりつく旧道があったが崖崩れとともに道の一部が崩落してしまったようだ。トンネルの左手に旧道が残っていたが当然ながらフェンスで通行止め。
たけのこ岩トンネル旧道をふさぐフェンス
たけのこ岩トンネルを抜けた先の眼下の海面から、名前のもとになった釣鐘状の「たけのこ岩」が生えていた。たけのこと言われればそう見えなくもない。
たけのこ岩

廃道レポートの現場を目撃して盛り上がる

たけのこ岩のすぐ先にまたトンネルがあり、ここも左手に旧道が残っていて、やっぱりフェンスで通行止めになってる。冒頭で紹介した廃道レポートの「浜当目トンネル旧道」だ。うぉー、ついに来たぜ。
浜当目トンネル旧道をふさぐフェンス
旧道の遠景がこれ。写真は逆光と無理やり拡大のせいでわかりくいが、白いガードレールが旧道で、ガードレールの途切れている箇所が崩落現場。あんまりどうしようもないので復旧させる代わりに新しく浜当目トンネルを掘ったというわけ。2017年3月開通の新しいトンネルだ。
浜当目トンネル旧道
もちろん旧道を行くわけない。廃道探索はそっちの筋の人に任せて自分は普通に浜当目トンネルを行った。全長905メートル、徒歩だと10分以上かかってしまう長さだが、つい1ヶ月前に吾妻峡トンネル1.7キロを踏破した自分には苦でもない、はず、だよな…。

びびってしまった浜当目トンネル内

新しいトンネルの中は歩道があるし比較的明るくて通りやすい。中間点付近にはちょっとした待避所があった。
浜当目トンネル中間地点
唯一戸惑ったのは、なんだか少し揺れているような気がする。たまに陸橋を歩いていて揺れを感じることはあるけどトンネル内でも感じるんだっけ(そもそも普通はトンネル内を歩かないし)。

…まさかいま地震来てる? それとも山の鳴動か? こんなタイミングで崩落が起きたら生き埋め必至だぞ。だんだん怖じ気づくとともに小走りになっていった。疲れた…。

無事にトンネルを出ると、アンビア松風閣と焼津グランドホテルという大規模ホテルが目の前にあった。後ろを振り返ればトンネルの穴が2つ。左がいま通ってきた浜当目トンネル、右の旧道当目トンネルはやっぱり入口がフェンスで塞がれていた。
浜当目トンネルと旧道当目トンネル

焼津駅で感動の(?)ゴール

このあたりはまだ市街地よりもずっと高所にある。ここから5分あまり山道を下っていくと急に一般の市街地らしくなってきた。ゴール地点の焼津駅まではまだ15分くらい歩くが、残りはもう普通の街だし本記事として書くことはない。

用宗駅から焼津駅まで8キロ。ランチ込みで2時間40分。ふだんろくにスポーツもしないし、山歩きの趣味もないし、もちろん廃道探索なんかしたこともない鈍った足にしては、よく頑張ったんじゃないかな。

この徒歩行で何を得たのかというと、具体的には何もない。やってやったぜという自己満足と心地良い疲労感のみ。べつにええじゃないか、ええじゃないか。