やさしい温泉と珍しい山人料理 - 檜枝岐温泉 旅館ひのえまた

檜枝岐温泉 旅館ひのえまた
夏が来れば思い出す、遥かな尾瀬…正直なところ夏が来ても思い出しません。気軽に行けるのであれば行ってみたいけれども、なんとなく本格登山なみにハードルが高い場所に感じてしまう。尾瀬を遥かに縁遠いところなんだと思い込んで旅先として意識することはなかった。

しかし尾瀬の玄関口のひとつである檜枝岐村や、同村を含む奥会津にはずっと行ってみたいと思っていた。あちこちに温泉地があるようだし。非日常的な秘境感を期待できるし。

幸いなことにグループ企画で奥会津めぐりをする機会を得た。宿泊先はもちろん温泉旅館だ。初日は檜枝岐村の「旅館ひのえまた」。日本秘湯を守る会の会員宿であり、やさしくて若干ぬるい温泉が特徴。食事は山人料理という珍しいものが出てきた。

旅館ひのえまたへのアクセス

関東向けの玄関口は会津高原尾瀬口駅

一人旅で奥会津を検討したことはあるが、いつも断念していた。温泉めぐり・観光めぐりを鉄道+バスで遂行するのはかなり難しい。やるとしてもレンタカーだろうなあ。

などと永遠に夢のレベルで留まっていたところ、奥会津がどんなところか見てみたいという声(自分ではない)をきっかけにグループ旅行が企画されたのであった。ラッキー。この波に乗るしかない。

というわけでメンバーの一人が出してくれた車で、東北道・西那須野塩原IC→国道400号→国道121号→国道352号のルートで野岩鉄道の会津高原尾瀬口駅前まで来た。ここの駅併設食堂で昼食休憩。会津といえばそばだろうけど、きっと宿で出るだろうし、と予想して舞茸塩ラーメンを注文してみた。ギトギト系とは対極にあるやさしい味。
舞茸塩ラーメン
大食いに自信のある方は、ラーメン・そば・うどんがミックスされた三種合体麺をどうぞ。この場合、スープの味付けはどうなってるんだろう、気になる。

途中で屏風岩を見学する

会津高原尾瀬口駅から旅館ひのえまたまで、まだ50kmくらいある。奥会津は広いなあ。国道352号が伊南川沿いを南下するようになってしばらくすると屏風岩なるスポットが現れた。なかなか面白い景観ですな。川の水がとてもきれい。
伊南川の屏風岩
屏風岩はまだ南会津町である。もう少し先でようやく檜枝岐村に入った。秘境とはいえ国道は結構整備されていて運転に難儀するほどではない。国道を外れさえしなければ、2ヶ月前に同じメンバーで行った寸又峡・井川に比べて道路状況は良かった。※雪のない季節の話です。

「できるだけ尾瀬の近くまで、行けるだけ行ってみる」にトライして七入キャンプ場付近で断念して引き返すなどした後、旅館の駐車場に入った。早めにチェックインしてゆっくりしよう。


静養目的の客にもマッチする旅館

やはり尾瀬アピールが強め

チェックインの時に「今回は尾瀬へ行かれますか、ゆっくりしますか」と訊かれた。尾瀬散策や登山の基地として宿泊・早朝出発する客層が主と思われるが、我々のように単にゆっくりしたくて泊まる客もいるってことだな。

フロント横がお土産コーナーになっている。写真に写ってない手前のワゴンに生そばが平積みになっていた。
お土産コーナー
フロント前のロビーには奥会津や尾瀬の資料・書籍がたくさん。朝食後にはここでコーヒーサービスがある。また、1階から2階へ上がる階段の壁に尾瀬を題材にした檜枝岐温泉のポスターがいっぱい貼ってある。
階段の壁に貼られたポスター群
せめてポスターの写真で尾瀬へ行ったつもりになるとしようか。
尾瀬の風景

広くて快適な部屋から眺める赤屋根

案内された部屋は4階の10畳+6畳の和室二間。いやー、こんな広い部屋をあてがってもらって、すいませんね。こちらが10畳間。
旅館ひのえまた 客室 10畳側
そしてこちらが6畳間。
旅館ひのえまた 客室 6畳側
シャワートイレ・洗面台あり。金庫あり。冷蔵庫には缶ビール3本・瓶ビール4本を含む自己申告精算のドリンク・お酒類が格納ずみ。無料サービスの尾瀬の天然水ペットボトルも入っている。10畳間にエアコンあり。フリーWiFiあり。

秘境の鄙び宿というイメージを超えて、かなり快適に整えられた客室である。ゆっくりしたい客層も居心地の良さには満足するだろう。窓は2方向についていて、その1がこちら。
窓から見える景色 その1
その2がこちら。赤い屋根が目立つのは、景観を保つために赤で統一するようにしているんだそうな。屋根を見ていたらなぜか福島の赤べこを思い出した。
窓から見える景色 その2

やさしい系の温泉に癒やされる

檜が香る水芭蕉の湯

旅館ひのえまたの大浴場は2階にある。このフロアにソフトドリンクの自販機あり。あと幼児向けのミニブランコ遊具が置いてあった気が。そして湯あがりの冷水サービスと休憩用和室もある。
湯あがり休憩室
大浴場は手前が「水芭蕉の湯」、奥が「燧ヶ岳の湯」。夕方までは水芭蕉の湯が男湯で、夕食時間帯に男女が入れ替わって燧ヶ岳の湯が男湯になる。夕食までの間に2回、水芭蕉の湯へ行ってみた。脱衣所も浴室も比較的モダンな感じで、鄙びすぎが苦手な方でも大丈夫なはず。

掲示された分析書によれば「アルカリ性単純温泉、低張性、アルカリ性、高温泉」とのこと。加水・加温・循環・消毒の様子はわからず。湧出温度が60℃だから加水しているかもしれない。

浴室に入るとすぐに檜の香りが鼻をついた。こいつは芳しいではござらぬか。見ると浴室の壁板が黒ずんでたりしてなくてまだ新しい感じだった。洗い場をチェックし忘れたが、たぶんカラン5台だったかと思う。全部が埋まるようなことはなく、いつでも余裕あり。

内湯の檜風呂は今のご時世だと5~6名サイズといったところ。湯口には水芭蕉の模型が飾り付けてある。お湯の見た目は完全に無色透明。浸かってみたら熱くない適温だった。長湯は無理でも比較的入りやすい部類ではないかと思われる。

ぬるめでゆっくり入れる露天風呂

お次は露天風呂へ。丸い形をした4名サイズの檜風呂。脇に休憩用のチェアが2脚置いてある。外気に触れるせいか、こちらのお湯は内湯よりも一段ぬるくなっていた。ゆっくり浸かれるからいいですね。

お湯は無色透明で無臭ながら、時おり白い糸状の湯の花がゆらゆらしているのが見られる。泡付きやヌルッとした感触などはない。温度を含めて全般に「やさしい」イメージの温泉だ。強烈な個性に対峙するというよりは、ホッと癒されるタイプ。

湯船の外に目隠し格子はあるが、もたれかかることができるくらいの高さだから、立ち姿勢で外の景色を見ることはできる。

夜は満腹感と眠気に負けて入浴しなかった。入りに行ったメンバーによれば燧ヶ岳の湯の方はお湯が熱かったそうだ。えー、そうなの? ぬるい方が好きなんだけど、まあ明日確かめてみよう…Zzz(爆睡)。

燧ヶ岳の湯は石のイメージ

翌朝、さっそく燧ヶ岳の湯へゴー。こちらの内湯浴槽は5名サイズのタイル風呂で、湯口に飾ってあったのは石。燧ヶ岳の石か溶岩であろうか。現地の石を採取しちゃいけないのだとしたら、それをモチーフにした別の石とか。気になる温度については、言うほど熱くはなかった。ぬるくもないが。

こちらの露天風呂は四角い形をした4名サイズ檜風呂。床は畳。目隠し格子なんかは前日の露天風呂と同じ。浸かってみたらややぬるめだった。あるメンバーによれば、夜はとても熱くて朝はだいぶぬるくなっているとの感想だったから、時間により大きく変動するのかね。なんにせよ熱すぎなくて良かった。

先の繰り返しになるが、爪痕を残すタイプの温泉ではなく、ふっと力が抜ける系のやさしい温泉だった。


なかなか味わえない山人料理を体験

すがすがしいほどのそば尽くし

旅館ひのえまたの食事は朝夕とも1階の食事処で。畳の和室がふすまで迷路のように仕切られて個室状になっている。たしか掘りごたつ式のおかげで足を伸ばして座ることができたような。

はっきり言って温泉よりも印象に残ったのが夕食だ。山人(やもーど)料理という郷土料理で、これまで経験したことのない食材や調理法がたくさんあった。前菜は山菜を中心に。おっさん化が進むとこういうのがうれしいやね。
旅館ひのえまたの夕食 はっとう他
ごま餅みたいなやつは「はっとう」といって、そば粉と餅米粉をこね合わせて、えごまをまぶした甘味系。柔らかいうちにどうぞ。あと写真を撮ってないが山人鍋なるキノコたっぷりの味噌仕立て鍋もうまかった。しかも熊肉が入ってた。猪鍋ならたまに食べることがあっても熊はさすがにない。貴重な体験をしてしまった。

そして期待した通り、そばが出てきた。「裁ちそば」というご当地そばだ。布を裁つようにして切るところから名前がついたらしい。そば粉100%・たれは岩魚で出汁を取っている。これだけでメインディッシュやないですか。しかも油で揚げたそばがきまで出てきたんですわ。おそるべきそば尽くし。
旅館ひのえまたの夕食 裁ちそばと揚げそばがき

舞茸炊き込みご飯がおそろしくうまい

これだけじゃない。岩魚の塩焼きもあったし、終盤で出てきた田楽も要注目級。なにせ豆腐田楽に加えてそば田楽。どこまでもそばで押す潔さには喝采を送りたい。そば好きだから願ったり叶ったり。昼をラーメンにしておいたのは正解だったぜ。

ダメ押しはシシャモのようにも見える唐揚げ。実は天然サンショウウオである。なん…だと…? そんなの食べたことないわ。ここまでくると完全に日常感覚を突き抜けちゃってて、やっべーな。もちろん天然記念物のオオサンショウウオではない、食べても良いやつなので遠慮なくいただきましょう。わりと淡白で最後に苦味の余韻がある大人の味。
旅館ひのえまたの夕食 田楽とサンショウウオ
ダメ押しのダメ押しが締めの舞茸炊き込みご飯。米がつやつやしていて、舞茸の風味と出汁が効いてて、おそろしいほどにうまい。この時点で胃の容量的にギブアップとなってしまい、しかしこれほどの炊き込みご飯を残すのがあまりにも惜しく、部屋に持って帰らせてもらって2時間休憩後に完食したくらいの代物だ。絶対のおすすめ。

喉を潤すのもそば茶だったから、本当におそばだらけの運動会、じゃなくて、そば尽くしの夕食であった。

朝も山里テイストで

朝食も同じ場所で。尾瀬狙いの早朝出発組が多いからだと思われるが、朝食時間の選択肢に6時台が含まれている。ゆっくり組の我々は7時台にした。
旅館ひのえまたの朝食
岩魚の甘露煮と山菜系と温泉玉子。味噌汁は前夜の熊鍋の要領でメンバー全員分を一つの鍋にまとめて作る。夕食の山人料理でかなりお腹いっぱいになった影響が残っているのではないか、と危惧したわりには、苦もなく完食できた。

食後はロビーでセルフサービスのコーヒーをいただける。尾瀬の資料を見ながらコーヒーをすすると、尾瀬には行かないのになぜか豊かな気分になるのであった。

 * * *

今回は貴重な体験ができたと思う。檜枝岐村の風景もそうだし、山人料理のようなものはなかなかお目にかかれない。尾瀬遠征の基地として、ただ寝泊まりする手段として利用するだけではもったいない。普段とまったく異なる(食)文化に触れて、やさしい系の温泉で癒される、ゆっくり派としての利用法をおすすめしたいがどうだろう。