豊富な湯量を誇る信玄公の隠しぬる湯 - 川浦温泉 山県館

川浦温泉 山県館
山梨の温泉でよく聞かれるフレーズが“信玄の隠し湯”。笛吹川上流の山里にある川浦温泉「山県館」もそのひとつに数えられる。ここが大変良いぬる湯だというので、このたびの“山梨ぬる湯めぐり”グループ旅行の2泊目に選んだ。

とにかく湯量が豊富。加水も循環もない源泉100%を広い湯船にこれでもかと言うほどじゃんじゃんかけ流している。冷たすぎない体温程度のお湯はふんわり柔らかく、「唸って入るあつ湯以外は認めん」という通の方は別にして、誰もが気持ち良く浸かれる温泉だろう。

これほどの良泉は、まあ隠すでしょう。もし戦国の世に生まれていたら川浦温泉を知らずに一生を終えていたに違いない…どうせ逃散以外では村から一歩も出ない貧農だったろうし。何事もオープンな現代に生まれたことに感謝しなければならない。

川浦温泉「山県館」へのアクセス

東京方面から車で川浦温泉へ行くには中央道勝沼ICを下りる。あとはいろんな行き方があるけど目指すは国道140号。果樹園が連なるフルーツラインという道を北上してもいいし、やや西寄りに塩山の市街を通り抜ける感じで進んでもいい。

国道140号に合流したら笛吹川をずーっと遡る。この道は“雁坂みち”なる別名を示す標識が各所に見られる通り、川浦温泉を過ぎて西沢渓谷入口も過ぎて雁坂トンネルを抜けると埼玉県秩父市へ至る。そんな山深い県境が近い一軒宿だから秘湯感は十分だ。建物自体は比較的大規模で鄙びてはいないが。

実際の我々は南部町の船山温泉を遅めにチェックアウトすると、山梨南北縦断みたいな形でひたすら走り、途中で「勝沼ぶどうの丘」というワイン大集合みたいな施設に立ち寄りつつ(一滴も飲まず)、チェックイン可能時刻の直後には川浦温泉に着いた。

鉄道旅の場合はJR中央本線・塩山駅や山梨市駅から西沢渓谷入口行きのバスを利用できる。たぶん本数はかなり少ない。また旅館の方でも時刻固定の1便だけど無料送迎を行っている。


大規模でしっかりした旅館

武田四天王に連なる系譜

駐車場脇に岩風呂への入口があった。へー、いったん外へ出てからこの入口を通って岩風呂へいくのか…いや、昔はいざ知らず今は館内通路で行けることが後に判明したし、それが唯一のルートに見えたな。
駐車場から岩風呂への入口
入館してすぐのところに山県昌景着用の武具が展示されていた。聞いたことある名だ。某無双ゲームに登場していたっけ。武田四天王に数えられる勇将とのこと。へー。って、Wikipediaで調べたら当館を経営しているのは山県昌景の子孫だって!! これはびっくりヒストリア!
山県昌景着用武具
事前に勝手にイメージしていたよりも大規模な旅館で、ロビーの収容力はなかなかのものだ。ビフォーコロナの頃は団体ツアー客も多く受け入れてたかもしれない。
川浦温泉 ロビー

笛吹川を見下ろす部屋

玄関やフロントがあるフロアは2階で、我々が案内されたのは同じ2階の10畳和室+広縁。予約したのは8畳部屋だったから気を利かせてアップグレードしてくれたものと思われる。ありがてえ。室内に古さを感じさせるところはなく全然いけてる。
川浦温泉 10畳和室
シャワートイレ・洗面所は当然あり。金庫あり、空の強力な冷蔵庫あり(同行メンバーがペットボトルのお茶を入れたら凍ってた)。WiFiあり。自分の携帯のアンテナはばりばり立っていた。夕食中に布団を敷いてくれて、朝食に出ている間に布団を上げてくれる。

ベランダから若干見下ろすアングルで外を見るとこんな感じ。庭のようなスペースと、さらに下方にはわかりにくいけど笛吹川の流れが見える。部屋によって見え方は結構違いそう。
ベランダからの景色

二つの源泉を豊富にかけ流し

階段をひたすら下って行く渓流雅之湯

当館の浴場は3箇所ある。いずれも屋根付き露天風呂あり。中でもセンターを張るのが信玄公岩風呂「渓流雅之湯」。駐車場にあった入口からつながるであろう露天の岩風呂だ。16時までが男性専用とのことなのでチェックイン後にさっそく行ってみた。

駐車場へ出る必要はなく、まず館内で1階に下りる。案内に沿って通路を進み、突き当たりのエレベーターで地階へ下りる。そこから木造の階段を自分の足で下りていく。段数が結構あって栃尾又温泉の“したの湯”かよと脳内ツッコミ。途中で駐車場から続いていると思われる道と合流するが、そちらの道は荒れててもう使われない感じだった。

下りきったところに素朴な脱衣所がある。でかでかと書かれた説明で源泉が2種類あるとわかる。永禄年間に開発された1号源泉(川浦之湯)・高アルカリ性単純高温泉と、平成になってからの2号源泉(雷沢之湯)・高アルカリ性単純中温泉。

でも別の浴場に貼ってあった業者の分析書だと1号が「アルカリ性単純温泉、低張性、アルカリ性、温泉」で2号が同様の「高温泉」だった気がする。このあたりはちょっとあやふや。加水・加温・循環・消毒なし。

温度と大きさの違う3つの岩風呂

カランは簡易なやつが1つのみ。で4名規模の小岩風呂と8名規模の大岩風呂が並んでいて、どちらにも結構な量の無色透明のお湯が投入されている。少し高い位置にある小岩風呂のお湯はぬるくない適温。加温してないというなら2号源泉か。少し低い位置にある大岩風呂はややぬるめだから1号源泉がベースか。そこに小岩風呂からあふれたお湯の一部が流れ込んでいる。

なお大岩風呂の湯口から出てくるお湯は飲泉できる。コロナ対策のためかコップを置いてなかったので、両手で受けて飲んでみたら、無味の超軟水といった感じだった。

大岩風呂の奥にもうひとつ、6名規模の中岩風呂がある。お湯は大岩風呂から少しずつ入ってくるだけだから冷めており、しかしそれはマイナスどころかプラス評価である。体温程度の絶妙なぬる湯になっているのだ。結局、渓流雅之湯に来た時はずっとここに入ることになった。

良好なぬる湯に入り浸る奴

中岩風呂の2箇所の岩の間で雨水だか湧水だかがごく少量流れ込んできていて、天然の加水になっているのはご愛嬌。この付近はさらにぬるくてサッパリ・スッキリ感あり。お湯と水が出合うあたりでは湯の花も見られる。

お湯は無臭ではなく微硫黄香がする。また、やわらかい感触で心地よい温度だから長時間浸かっていられる。下手すると寝てしまう。中岩風呂へ来るたびに45分とか平気でいたな。自分は中岩風呂がベストだと思うんだけど、なぜか他の客が来なくて我々の独占状態で大変よろしい。

立ち上がって下を覗き込むと笛吹川が見える。上流域だから角ばった巨大な岩がごろごろしてる。この湯殿と遠くの鉄塔の頭以外に人工物は見えず、川と緑の木ばっかり。風呂の岩の上にサワガニが出没したりして非日常感は大きい。

渓流雅之湯は16時以降が女性専用、18時30分~22時と翌朝日の出~10時までが混浴になる。混浴時間帯も男性客が続々訪れるので女性客が利用するには相当勇気がいる。

活気があった、せせらぎ之湯

あとは駆け足で紹介。2つ目の浴場は21時まで男湯の「せせらぎ之湯」。カランは8つでシャワーから出てくるのも源泉だ。内湯は10数名規模。一角にはあぶくがボコボコ出ていてジャグジー風呂となっている。熱めのお湯だから2号源泉かな。軽く入っただけで詳しくは観察していない。

隣に露天風呂もある。こちらはぬるい。バイブラ付きとの情報もあるが当時はよくわからなかった。外に目を向けても山や川が見えたりはしない。渓流雅之湯へ続く通路とエレベータの外壁が視界の多くを占めるためだ。せせらぎ之湯は全般に利用者の姿が目立ち、頻繁に出入りもあって、3浴場の中で一番活気があった。夕食前の時間帯に行ったせいだろうか。

せせらぎ之湯に限らず、各所で源泉湯宿を守る会の「源泉100%かけ流し 認定浴槽」ステッカーを見ることができる。今までに泊まったいくつかの宿でも目にしたことがあるお墨付きってやつだ。さすがですな。

広さのある薬師之湯

3つ目の浴場は21時から男湯になる「薬師之湯」。22時頃行ったらガラガラだった。20名でも全然いけそうな広い内湯浴槽から、9つのカランが並ぶ洗い場へ向けてオーバーフローしたお湯が床の上に流れを作っており、トド寝を誘われそうだった。ここは熱かったし入ることはなかった。

奥の扉から外へ出ると8名規模の岩風呂。湯口が高い位置に付いていて打たせ湯のような形で投入されている。温度はややぬるいくらい。夜中だったため景色がどうとかはわからない。

もうひとつ、うっかり見逃しそうになった別の露天風呂が、脱衣所から直接出たところにある。4名規模の岩風呂で、薬師之湯では一番ぬるいという理由で気に入った。渓流雅之湯の中岩風呂に匹敵するかもしれない。

なお、これら3浴場以外に貸切風呂もある。利用してないから断言できないが、湯質・湯量は同様のクオリティだと予想する。


いろいろな味を楽しんだ食事

夕食の前にワインで乾杯

川浦温泉の食事は朝夕とも2階の食事処で。時間は30分刻みでいくつかの選択肢からチェックイン時に希望を訊かれる。夕食時間に行ったらあらかじめ決められたテーブル席へ案内された。
川浦温泉の夕食
食前酒に甲州ワイン。チェックインの時に赤か白かで白を希望したんだっけな。蓋をされてる台の物は甲州牛すき鍋。もちろん上に見える料理だけではない。
川浦温泉の夕食その2
山女魚の塩焼きとかあんかけ系とか揚げ物などをいただくうちにお腹いっぱいになってきた。残さず完食できたのでちょうどいい量だったのではないか。いろんな食材を楽しめたのは良かった。そして最後のデザートは巨峰。やっぱり山梨。

朝食はソフトにお粥で

朝食も同じテーブル席。アジの干物を含むスタンダードな和定食の中に刺身こんにゃくがあった。
川浦温泉の朝食
最初のご飯はお粥が提供される。個人的には胃にやさしいからありがたい。おかわりの際は普通の白飯とお粥から選べる。朝からそんなに食べないのでおかわりは遠慮しておいたが、お粥ならもう1杯いっとくべきだったか。

食後にコーヒーがあればもっと良かったかな。しかし食後のんびりするでもなく、そそくさと最後の入浴へ行った我らであった。

 * * *

いわゆる源泉かけ流しの温泉をこれほどの規模で堪能できるなんてなかなかない。しかもちょうどいい温度のぬる湯だから文句のつけようがない。ぬるいのが苦手な人には各浴場に適温の浴槽があるし。

しかも山峡の一軒宿で秘湯感もばっちり。それでいてアクセス困難というほどではない。施設面も万人向けの安心感ある水準。隠されてなくて良かった。