おめでとう! 100記事達成のキセキ - これまでを振り返る

ブログを書くおじさん
記念すべき100本目の記事。とうとうこの時が来た。ブログ立ち上げから1年近くかかったことになる。長いようで短いようでやっぱり長かったと思わせてからの短かったのかどうか、もうどっちでもいいやの1年間。

ポケモンGoはやめてしまったがブログはよくぞ続いたものだ。今回はなんかありがちな自己満足っぽい内容なのはご愛嬌。ここまでの軌跡を振り返ってみたい。

100記事までの道のり

むしゃくしゃから始まった、新たな活動

あるとき温泉目的で一人旅に行ってみた。いろいろうまくいかないことがあって、むしゃくしゃしたのでやった、後悔はしていない。それどころか超がつくほど愉快だったので、新たな趣味として、その後も頻繁に実行することになった。

楽しいことは人に伝えたくなるものである。自分への備忘録の意味もあったし、どういうわけか「お世話になったあの温泉宿のことをもっと知ってもらわなければ」という妙な使命感もあって、ブログを書くことにしたのだった。

できすぎたサクセスストーリーには、つ、釣られないぞ

最初の頃は時間をかければ苦もなく100本いけると思っていた。ネットには「ブログで集客してアフィリエイトでうはうは」的な記事があふれており、「最低でも1日1投稿、3ヶ月以内に100本を目指せ」と指南されている。

3ヶ月とか100本とかを節目に、検索流入でブログへ訪問してくるユーザーがうなぎのぼりに増えていくから、それまでは頑張って続けろというストーリーだ。

うーん、さすがに3ヶ月てのはちょっと。そんな頻繁に投稿できるほど旅行ばかりしてられないし、記事を増やすために日記ブログにするつもりもなかった。

かわりに、3日に1投稿のペース→1ヶ月で10本前後→10ヶ月で100本、だったら続けられそうだ。当初はひとつのトピックを複数記事に分けて書く連載形式だったので、話を小出しにしていけばネタ切れの心配もない。

イエスマンが突破口を開く

しかし途中で思うところあって、トピックを1記事に収める一話完結方式に切り替えた。自分への備忘録的にもその方がすっきり整理されてわかりやすい。

難点は話を小出しにできないためネタ切れになりやすいことである。更新間隔を多少空けたくらいじゃどうにもならない。どげんかせんといかん。どうしたもんじゃろのうー。

一方では自分の周囲でにわかに旅行熱が高まりつつあった。自分の活動に触発されたわけでもないのだろうが、なぜか別々のグループで同時多発的に旅行企画が持ち上がったり、お誘いがかかるようになったのである。

来た話は断らずに全部受けたと思う。文字通りのイエスマン。それらは一人旅ではないグループ旅行だし、温泉目的とはいえない企画もあったけど、せっかくだから記事にさせてもらうことにした。おかげでネタには困らなくなった。

旅行だらけの2017年

自分の掲げた「温泉×一人旅」活動を休止するつもりもなかったので、グループ企画の合間に粛々と実行していった結果、今年はやたら旅行が多い。人生全般を通じてこの1年だけが突出している。まあこういう年があってもバチは当たるまい。

ただし今後はわからない。旅行費用の問題だけでなく、ちょっと平日に休みを取りすぎじゃないかと気になる。べつに職場から休むなと言われてるわけじゃないし、むしろ快く(?)認めてもらっているけど、どうなんだろう。今の半分くらいのペースに自重したほうがいいのかなあ。鈍感力が試される。


人生は変わらないが生活は変わる

ブログにより人生が変わったかというと、そんなことはない。本質的には従来と変わらない。仕事も交友関係も人生観も現状維持だ。

だが私生活のパターンはがらっと変わった。余暇のかなりの部分をブログ書きに費やすことになったからである。テレビを見たり映画を見たりゲームをしたりネットサーフィンしたりの時間がごそっと削られた。

テレビ・映画・ネット(・双方向とはいえゲームもかな)はインプット型の活動なのでアウトプット型のブログは今までと毛色が違う。慣れないから時間もかかる。

記事1本を書くのに平日夜の時間が最低2日分は必要だな。完全オフの休日でも雑用や集中力の問題があって2本は仕上がらない。1日に複数投稿したり数千文字の記事を1時間で仕上げるというパワーブロガーの存在が信じられん。化け物か。


まだだ、まだ終わらんよ

ゼロに張り付いた日々

ブログを継続するにあたってはモチベーションの維持が欠かせない。これがまたなかなかツライのだ。書き続ける大変さよりも読まれないガッカリ感で挫折するってのがよくわかる。よほどの才能か運をもって人気ブログを立ち上げられるごく一部の人を除くと、まともな感受性の持ち主ほど100本いく前に心が折れるぞ。

書いて公開するからには、誰の目にも止まらないというのでは甲斐がない。読まれているのかどうかを気にしてしまうのは人の性。それでアクセス数を日々チェックしてみると…誰も来てねぇー。限りなくゼロに近い訪問数という毎日が続いた。

記事数が増えてくれば・運営期間が3ヶ月を超えてくれば、というかすかな期待もむなしく、一向に離陸する気配を見せない。ほぼゼロの毎日。泡沫ブログ(今もそうだが)としてこのまま埋もれて消えるのか。半年くらいはそんな感じだった。

100記事は通過点、と思いたい

自分がまともな感受性を持ち合わせていないから続けられたようなものだ。毎日毎日、「こんなの誰も読んじゃいないよ」という冷酷なデータを突きつけられながらも、淡々と記事を積み上げていった。

1つ、2つ、3つ…。4つ読まれぬ記事を書き、5ついつもの低空飛行、6つむなしさ噛みしめて、7つ長野の善光寺、8つ谷中の奥寺で、あなた100までわしゃ99まで。おおっ、100まで来た!

そうして今ではアクセス数は桁違いに増えた。つまり1日あたり1桁だったのが2桁に乗ったっていうだけなんだけどね。3桁ははるかに遠い。全ブログ界の平均アクセス規模をまだ下回っているだろう。それでも十分報われた気分である。調子に乗ってもうちっとだけ続くんじゃ。


…うーむ、冷静に見直すほどに今回は毒にも薬にもならない、うっすい内容だな…まあ記念なんで、100本目の記事くらい大目に見てほしい。開き直るその態度が気に入らないかもしれないが。

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